『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』:カズオ・イシグロの「開かれなかった扉に関する苦味」

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カズオ・イシグロによる2009年発表の短編集(連作5篇)。
(『わたしを離さないで』と『忘れられた巨人』の間に書かれたものです。)

人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、
叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集。

音楽と世界各地の景色が絡みます。
ベネチア、ロンドン、イギリスのモールバンヒルズ、ハリウッド、アドリア海岸のイタリア都市。
登場人物もいろいろ。時代もほぼ同じで、
著者いわく「ベルリンの壁の崩壊(1989年)から、9.11(2001年)まで」を想定しているそう。

「老歌手(Crooner)」
「降っても晴れても(Come Rain or Come Shine)」
「モールバンヒルズ(Malvern Hills)」
「夜想曲(Nocturne)」
「チェリスト(Cellists)」

ヴェネツィアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストと、
アメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた「老歌手」。

しがない英会話教師が大学時代の同級生夫婦のもとを訪問するも、
失態を犯してしまう「降っても晴れても」。

姉夫婦の営む宿泊施設に身を寄せたミュージシャン志望の青年が、
ある観光客の夫婦と出会う「モールバンヒルズ」。

芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと
共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する「夜想曲」。

あるチェリストと彼を指導する女性教師の不思議な関係をつづった「チェリスト」。

(わたしは一つ目の「老歌手」が好きかな。)

訳者あとがきによると、著者は全体を五楽章からなる一曲、
もしくは五つの歌を収めた一つのアルバムにたとえ、
「ぜひ五篇を一つのものとして味わってほしい」と言ったそうです。

わたしはこの五篇を、一日にひとつずつ、五日かけて読みました。
一度に読むのはもったいないような気もして、一篇ずつ余韻も含めて味わい、
「とても長い、いい食事」のようになりました。

彼の本を読んでいる時と、その後しばらくは、
時間の感覚も少し「イシグロ風」になる気がします。
(その「イシグロ風」が説明できなくて、なんとも頼りないことなのですが…。)

この本にまつわる時空には、かつてミュージシャンを目指した彼の、
「開かれなかった扉に関する苦味」も、ちょびっとだけ含まれているのかもしれません。

 

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